2018年02月14日

限界破り、世界の高み=高木美、コーチの言葉で意識改



 知らず知らずのうちに、自分で限界を決めてしまうことがある。2010年バンクーバー五輪にスピードスケートの日本勢で史上最年少の15歳で出場し、橋本聖子日本連盟会長から「スケート界の宝」と呼ばれた高木美帆もそうだった。

 16年3月の世界選手権。当時この大会で総合優勝5度のイレイン?ブスト(オランダ)のレースを見て弱音を吐いた。「ブストは強いね。あんな選手に勝てるわけない」。それを聞いたナショナルチームのヨハン?デビット中長距離ヘッドコーチは返した。「同じ人間がしていることなのに、なぜできないと思うのか。俺だったら、できると思う」

 スケート王国オランダ出身のデビット氏から見ても、高木美は「スペシャル」な選手。最初から「かなわない」と決めつけていることが、不思議で仕方なかった。ソチ五輪出場を逃してから2年。「スケートというベクトルに向けて生活していく」と決意し、ナショナルチームでストイックに鍛える日々を送っていた高木美だったが、意識を変えなければいけない部分が残っていた。

 コーチの言葉を素直に受け止められたのは、小平奈緒の躍進を強く意識するようになってから。16年11月のワールドカップ(W杯)ハルビン大会女子1000メートルで、小平が3位に入り、自身は0秒11差の4位。わずかに先を行った日本のライバルが表彰台に立ったことで、世界のトップとの距離を近く感じられた。

 次戦のW杯長野大会。日体大の青柳徹監督は、1000メートルを滑る高木美から燃えるものを感じ取った。「手の先まで気合が入っている」。それまでどこか勝負に淡泊だった姿とは違った。このレースでの3位を手始めに、1500メートルや3000メートルでW杯の表彰台に立つ常連となった。

 昨年3月の世界選手権は総合3位。この大会で6度目の頂点に立ったブストは、もうはるか手の届かないスターではなくなった。0秒20差に迫った銀メダル。勝者のメンタリティーが成長を加速させ、平昌五輪シーズンで世界のトップレベルまで駆け上った。メダリストの先輩、橋本さんからの称号にふさわしく、強い輝きを放った。(時事)


  


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